相対的に言って、日本人が英語が下手なのは事実だ。
では、日本人はなぜ英語ができないか?
それは一言で言うと、「言語間の距離」が遠いからだ。
日本語は文法も文字も全てが、英語とは全く違う。
言語圏も文化圏も、全くアメリカ・イギリスとは違うから、当然言語も違う。
だから難しいのだ。
言語が違うといっても、ヨーロッパ言語は同じアルファベットを使う。
アルファベットの読み方もなんだかんだで似ている。
キリスト教というバックボーンも同じだ。
日本語と比べれば、言語構造も似ていると言える。
そういった思考や文化を共通して持っている言語と、全く共通していない言語では、習得のハードルが全く違う。
東京に住んでいる日本人が東北弁を勉強するのは、まったく知識のないロシア語を勉強するより、はるかに簡単だろう。
逆に言えば、日本人にとって英語が難しいのと同様、西洋人には日本語は非常に難しいのだ。
こんな本を読んだ。
正直メチャクチャな本で、ここまで意見が違うのは面白い!、と思える本だった。
そういう意味でオモシロおかしくブログで紹介するが、決してオススメの本ではない。
スムーズに同意できるのは、日本人が英語ができない大きな要因の一つが、この「言語間の距離」が遠いという最初の話くらいで、その後はギャグエッセイのようだ。
「日本は植民地化されて、母国語禁止などのプレッシャーをうけたことがないから、外国語への不信や警戒、嫌悪の念をいだくどころか、むしろ憧れや過度の美化といった肯定的な態度を一般人でも持ち続けている。」
的な話くらいまでは、にこにこ読めたが、
「明治維新や戦後は欧米に追いつき追い越せのために、外国から学ぶことを熱心にやっていた。
しかし、今は違います。超大国となった日本は、外国語、とくに英語を学んで、それに日本から色々な情報を托して、外国に送りださなくてはならない立場にあるからです。 (P104)
生徒1人1人が、ただでさえ限られた英語の時間に、苦労して英語を学ぶかたわら、諸外国の文化や社会の事情を、それもほんのわずかだけ勉強してみても、国際理解など殆ど深まりません。しかもこのために、肝心の英語そのものを習得する大事な時間が取られてしまうわけです。
これが私の主張する学校の英語教育の目的から「英語を使う人々の文化・歴史・社会を知ること」や「国際理解」を除くべきだということの最大の理由です。つまり現在の「国際」英語教育は可能な限り、英米を含めた外国の文化や事情から、切り離すことを考えるべきなのです。(P98)」
いやー、すごいね。
超大国日本。
著者の先生は1926年生まれだが、戦前派の気合いを感じる。
これはもはや英語論ではなく、世界観とか歴史観ですな。
まあここで日本が超大国かどうかを細かく議論する気もないが、私は日本が超大国だと思っていない。
超大国ってなんかいいことあるの?
覇権(ヘゲモニー)とるの?とりたいの?
こういうことを言うと、これだけら「現代の若者は!」とこの鈴木氏の世代の方に怒られそうだ。
この文脈では超大国は、経済成長すれば大国、という文脈にしか解釈できないが、それこそ資本主義そのものの思想だ。
資本主義大国になったら偉いのだから、もう学ぶものはない。
代わりに日本のことはどんどん教えてやる。
こういう考え方が日本っぽいのだろうか?
私は日本は魅力がたくさんある大好きな国だから、英語でもどんどん情報発信すべきだと思っている。
結論としてそうは思うが、超大国だからとか、国際理解を学ばずに英語ルールだけ学ぶとか、プロセスとなる根本思想がまるで違う。
他国の文化や思想を「国際理解」しないで、英語を学ぶ意味がどこにあるのか?
日本の素晴らしさを一方的に伝えるため?
それは双方向のコミュニケーションではない。
他人の話を聞かないし、理解しないのに、自分の素晴らしさだけを語る友人は、本当に素晴らしい友人だろうか?
私は教育の本質はエンパワーメントだと思う。
学びたい人が、学ぶ気持ちになり、どんどん学ぶ。
現在において、教育者の最大の役割はモチベートすることだ。
英語のルールだけを教えて、どうモチベートするのか。
こういう旧世代の言語教育者が日本の英語教育をダメにしたのではないか?
文法ルールだけを習って、英語を勉強する気になるか?
どれだけの日本人が英語をマスターしたのか?
英語を学ぶと、どんな楽しい世界があるのか。どんなメリットがあるのか。
それを示して、モチベートすること、多様な世界は楽しいことを教えることが、言語教育で最も大切なことではないだろうか。
そういった面を取り除いて英語を習得することに、意味はない。
批判をしたが、ここまで意見が違う本はとても新鮮だ。
逆にいうと、ここのところの読書は、自分と意見が同じような本ばかり読んでいたのかもしれない。
多様性を理解するという意味では、異質な意見や考え方を知って、理解する努力をしたい。
そういう意味で楽しみませてもらいました。
アリヴェデルチッ!